ディーセント・ワーク

三度の飯より映画が好き。三度の飯を食える人権が好き。

鑑賞後に読んでね 「カメラを止めるな!」完全ネタバレ感想

kametome.net


わずか2館の上映から始まり、話題が話題を呼んで全国的ヒットにまで登り詰めた本作。
よく言われてるように事前情報を出来るだけ入れない方がより楽しめる作品なので、ネタバレ全開で書くこのレビューはぜひ 鑑 賞  後 に 読 ん で 頂 き た い 。
私は2回見て2回とも、というか2回目の方がより楽しめたくらいだし、ネタバレしたらつまらないかといえばそんなことは無いんだけど、まあ、とにかくまずは黙って劇場へ行ってくれ。悪いようにはしないから。

 

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では、ここからネタバレあり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本作は三部構成になっていて、まず第一部は37分ワンカットのゾンビ映画
この長回しパートの面白さは、相米慎二園子温みたいに役者を追い込んで演技以上のものを引き出すとか、「ラ・ラ・ランド」のアバンみたいに計算しつくされた快感を楽しませるものとは違い、非常に演劇的な、もっと言えば小劇場的な楽しさだと思った。
役者が早着替えして一瞬で別の人物になるとか、あっという間に舞台装置が入れ替わって場面転換するとか、目の前でトリックが実現していく楽しさ。それも、ちょっと無理やり感のある力業も含めたスリルと緊張感であり愛らしさだ。
そういう意味で、小劇場演劇が(原作か原案かはともかく)元になっているのは非常にうなずける。
ただ、映像作品は編集や加工によってほぼ何でも出来てしまうので、普通に撮っただけではそういう面白さは発生しない。そこで、ワンカットという厳しい制約を設け、かつ映像トリックを仕込みやすいゾンビ映画に設定している。
元の舞台はゾンビものではないらしいので、舞台から映像に置き換えるにあたって、面白さの肝を踏まえて大胆に設定を改変したことがまずは勝因の一つだと思う。

 

 

ここから本当にネタバレですよー

 

 


このパートで実はいろいろと伏線が張られていくのだけど、その塩梅がうまい。
例えば前半、いきなり趣味の話を始める部分や、お互いに怪我がないか延々と確認するシーン。ここは作品的な失敗(間延び)と思える一方で、本当にパニック状態だと人間はこんな感じかもというリアリティ演出にも取れ、フリであることはほとんど気づかせない。
残念ながらこの第一部を見終えないうちに席を立つ人が稀にいるらしいけど、それは逆に言えば、伏線を伏線と感じさせない出来になっている証拠でもある。
ただ、ちりばめられた伏線の数々は、伏線と気づかせないながらも引っ掛かりとして残るようにはなっていて、引っ掛かりが蓄積していくとともに大胆な伏線になって行くので、後半になる頃には、あれ?と思わせ、終盤「こんなところに斧が!」という完全にわざとらしいセリフの辺りで、これ…めっちゃ時間と手間かかってるけど‥‥もう30分以上やってるけど‥‥でも、これ…前フリだよね‥‥?と徐々に予感させる仕掛けになっている。


という訳で、ゾンビ映画のエンドロールが流れ終わった後、時系列は1か月間前に飛び、映像はB級フィルム調からスタンダードなデジタル映像に変わり、37分に及ぶワンカットゾンビ映画が劇中劇であったことが明かされる。
この驚きを体験してほしいために、鑑賞したファンの多くが「ネタバレ厳禁!」と言ってるわけだ。
第二部に当たるこのパートは、第一部の劇中劇が撮影されるまでの経緯説明と、キャラクターの紹介がなされる説明パート。
ここが下手くそだと完全に中だるみしてつまらなくなってしまうと思うけど、とにかく効率よくポンポン話が進んで行くので、そのテンポ感だけで楽しく見ていられる。話運びが早いからといって分かりにくい部分はなく、キャラクターそれぞれの性質も的確かつタイトに表現されている。
とはいえ派手なことは起こらないので、緊張感あふれる第一部と、捧腹絶倒な第三部に挟まれた良い小休止にもなっている。
新人の登竜門的な企画から生まれた作品には珍しく、粗削りながら斬新な感性!とかではなく、高い技術力、成熟した娯楽性がこの作品の大きな魅力で、この辺のストーリテリング能力の高さがそれを証明している。だからこそ大ヒットにも繋がったのだろう。


そして、第一部で流れた劇中劇の撮影当日。
捧腹絶倒、爆笑の種明かしパートである第三部だ。
ここがなんであまりにも面白いのか、あんなに応援したくなるのか、愛しくなっちゃうのかを説明するには、非常に似た仕掛けの作品である「ラヂオの時間」と比較すると分かり易いと思う。
ラヂオの時間」は三谷幸喜監督が自らの舞台を映画化したもので、ラジオドラマの生放送中に起きるドタバタをいかに切り抜けていくかが見どころのコメディだ。それなりに面白い作品ではあるものの、申し訳ないけど「カメラを止めるな!」の方が二三枚上手である。Netflixで見返してより確信を深めてしまった。
大きな違いの一つは、カメ止めは完成作品を前半たっぷり使って見せられているので、成功するかしないか!?のハラハラではなく、明かされる舞台裏のとんでもなさに爆笑する構造になっていて、種明かしの質量が圧倒的に多い。

あともう一つ、こっちの方が実は大きいと思うけど、制作中に起きるトラブルの原因がまったく違うのだ。
ラヂオの時間」で起きるトラブルの数々は、主演女優の私情からくるワガママやキャストの不仲など、人間の意思に重きが置かれている。だからトラブルが重なるにつれて、お前ら真面目に仕事する気あるのか?と登場人物を応援できなくなってきてしまうし、結局は自分たちで起こした問題を自分たちで解決してるだけで、それを美談みたいに言われてもなあ‥‥って気がしてしまう。
一方「カメラを止めるな!」で起こるトラブルは、交通事故、体調不良、依存症の症状、慌ただしい中での物理的なアクシデントと、誰も悪くないものばかり。
キャストと監督の対立も、主演女優は(少なくとも自称)事務所都合が理由だし、男優は真剣に考えればこその疑問や指摘。「ラヂオの時間」に出てくる、元カレを奪った女と同じ名前だから~みたいな100%ワガママな理由とは全然違う。しかも劇中劇のしょっぱなでやりすぎなくらい監督がやり返してしまうので、キャストの未熟さは完全に解消されてから種明かしが始まる。

種明かしが始まるまでに丁寧に下地を作ってあるから、登場人物たちの行動に疑問をもつことなく、一生懸命なプロたちがとんでもなく無茶な状況をどうやって乗り越えるか!?に集中できるし、登場人物を応援することに集中できる。
トラブルが起きれば起きるほど、(完成作品を知っているにも拘らず)がんばれ!がんばれー!!!!!と夢中で応援する気持ちがわいてくる。みんなの一生懸命に巻き込まれていく。この熱量が「ラヂオの時間」とは圧倒的に違うと感じる。
一応悪役っぽいイケメンプロデューサーも、立場が違うから理不尽なことを言っているだけで、仕事を貫徹しようとするプロであることには違いない。だから最後、こだわりのラストカットを撮るためにみんなで人間ピラミッドをやる時、彼はどこにいるか?
当たり前のように、当たり前のこととして
歯を食いしばってピラミッドに参加してんだよおおおお!!!!!!!
みんな一生懸命、映画を撮ってんだよおおおお!!!!
ウォォォオオオオンンン!!!!!(号泣)
もうこのクライマックスシーンは大いに泣かされた。

 見事な種明かしの数々が終わり、爆笑と快感と熱い気持ちに包まれる中、流れ始める本当のエンドロール。そこでまた、この映画を、「カメラを止めるな!」を撮ったスタッフ/キャストの懸命な姿が映し出される。
こいつら‥‥こいつら本当に‥‥
一生懸命、映画を撮ってんだよおおおお!!!!!!!
お茶飲みながら、転びながら‥‥
一生懸命、映画を撮ってんだよおおおお!!!!!!!
ウォォォオオオオンンン!!!!!(号泣)(二回目)

ビビッて笑って泣いて感動して、邦画でもこんなに文句なく面白い娯楽エンタテイメント、出来るんじゃん! 笑って泣けるハートフルコメディ、出来るんじゃん!!
ありがとう、カメ止め! ありがとう!!!!!