ディーセント・ワーク

三度の飯より映画が好き。三度の飯を食える人権が好き。

生きろ、そなたは美しい ! 「愛しのアイリーン」感想

irene-movie.jp

<あらすじ>
執拗に結婚を催促する母と認知症の父を抱え、42歳になっても山奥の実家で暮らす岩男。口下手で内気な性格が災いし、ようやく訪れた恋愛のチャンスも逃してしまう。
自暴自棄になった岩男は大枚をはたいてフィリピンのお見合いツアーに参加。ほとんど会話もしないままアイリーンを相手と決め、日本へ連れかえる。ところが帰国してみると父が亡くなっており、実家は葬儀の真っ最中。嫁の選択に命を懸けてきた母・ツルは激昂し、心までは売らないと決めているアイリーンは性交渉を拒み、波乱の結婚生活が始まる。

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すごく、惜しいな~~~~~と思う作品だった。
扱っているテーマは人身売買に近い国際結婚、外国人差別、農村部の過疎化と閉鎖性、日本とフィリピンの歴史的な背景など、今の邦画で扱うには勇気のいるものばかり。エロとバイオレンスも容赦なく描かれており、作り手の覚悟は疑いようもない。
しかし、なにせ原作漫画が10年以上前に連載されたもの、かつ非常にセンシティブな題材だけに、今見るとどうかと思う展開も多かった。
まずもって、ろくに会話も出来ないし時々すごく暴力的な男…だけど、それ故に真実の愛のようなものが生まれる、という枠組み自体がもうすごく90年代っぽい。私はなるべく作品の事前知識を入れずに観に行く派なので原作の発表時期を知らなかったけど、なんかすごい90年代っぽい映画だな~と感じた。(実際の連載時期は95~96年)

女性キャラクターの人物像自体は今見てもすごくフレッシュだ。例えばアイリーンは母語タガログ語と片言の日本語しか話せないため、序盤では無鉄砲で無邪気なだけの少女に思える。ところがあるシーンから彼女のタガログ語に字幕がつくと、実はすごくしっかりした、年齢の割にはむしろ大人びた女性であることが分かる。この辺の見せ方はよく考えられている。全体的に言語によるディスコミュニケーションがかなり上手く使われている作品だと思う。
加えて、アイリーンを演じたナッツ・シトイの魅力がとにかく驚異的で、ちょっとどうかと思うほどかわいい。商店街で目に入った物の名前を覚えたての日本語で言いながら歩くシーンなんて、ナッツ・シトイの美しさだけで世界が輝いて見える。しかもこの場面、監督の指示ではなく「全部自然に出てきたシーン」*1だという。
半ばやけくそでアイリーンを選び、セックスしか頭になかった岩男が、次第に心から惚れてしまうのも納得である。
その他、あまりにも差別的で暴力的な岩男の母・ツル、アイリーンに助言してくれるフィリピーナのマリーン、岩男の失恋相手である同僚の吉岡、いずれもステレオタイプには収まり切らない人間として描かれている。

ところが、マジで誠に惜しいことに、ある決定的な事件が起こる中盤以降は非常に残念な展開になって行く。
ようやくアイリーンとの関係を築き始めた岩男は、中盤の最後に取り返しのつかない罪を犯してしまう。それによる恐怖と罪悪感を紛らわせようと手当たり次第に性衝動をぶつけ、アイリーンや吉岡、かつてのお見合い相手にまで次々と性暴力を振るう。
この展開自体は、ちょっと古いと思うけどまだ許せる。問題は、女性たちがわりと積極的にそれを受け入れ、反発していたアイリーンまでも最終的には岩男を完全に受け入れて愛してしまうことだ。
この辺はさすがに、いくらなんでも、原作から変えるべきだったんじゃないだろうか。あまりにも岩男が甘やかされっぱなしな一方で、アイリーンはどんどん重荷を背負い、最後には背負いきれないであろう重荷まで自ら背負おうとする。この後半で一気にドン引きしてしまった。

アイリーンは二十歳にも満たない少女だ。岩男がやったことの責任なんて本人に取らせ、重荷なんて全部かなぐり捨てて、さっさと逃げ出して欲しかった。