ディーセント・ワーク

三度の飯より映画が好き。三度の飯を食える人権が好き。

生きろ、そなたは美しい ! 「愛しのアイリーン」感想

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<あらすじ>
執拗に結婚を催促する母と認知症の父を抱え、42歳になっても山奥の実家で暮らす岩男。口下手で内気な性格が災いし、ようやく訪れた恋愛のチャンスも逃してしまう。
自暴自棄になった岩男は大枚をはたいてフィリピンのお見合いツアーに参加。ほとんど会話もしないままアイリーンを相手と決め、日本へ連れかえる。ところが帰国してみると父が亡くなっており、実家は葬儀の真っ最中。嫁の選択に命を懸けてきた母・ツルは激昂し、心までは売らないと決めているアイリーンは性交渉を拒み、波乱の結婚生活が始まる。

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すごく、惜しいな~~~~~と思う作品だった。
扱っているテーマは人身売買に近い国際結婚、外国人差別、農村部の過疎化と閉鎖性、日本とフィリピンの歴史的な背景など、今の邦画で扱うには勇気のいるものばかり。エロとバイオレンスも容赦なく描かれており、作り手の覚悟は疑いようもない。
しかし、なにせ原作漫画が10年以上前に連載されたもの、かつ非常にセンシティブな題材だけに、今見るとどうかと思う展開も多かった。
まずもって、ろくに会話も出来ないし時々すごく暴力的な男…だけど、それ故に真実の愛のようなものが生まれる、という枠組み自体がもうすごく90年代っぽい。私はなるべく作品の事前知識を入れずに観に行く派なので原作の発表時期を知らなかったけど、なんかすごい90年代っぽい映画だな~と感じた。(実際の連載時期は95~96年)

女性キャラクターの人物像自体は今見てもすごくフレッシュだ。例えばアイリーンは母語タガログ語と片言の日本語しか話せないため、序盤では無鉄砲で無邪気なだけの少女に思える。ところがあるシーンから彼女のタガログ語に字幕がつくと、実はすごくしっかりした、年齢の割にはむしろ大人びた女性であることが分かる。この辺の見せ方はよく考えられている。全体的に言語によるディスコミュニケーションがかなり上手く使われている作品だと思う。
加えて、アイリーンを演じたナッツ・シトイの魅力がとにかく驚異的で、ちょっとどうかと思うほどかわいい。商店街で目に入った物の名前を覚えたての日本語で言いながら歩くシーンなんて、ナッツ・シトイの美しさだけで世界が輝いて見える。しかもこの場面、監督の指示ではなく「全部自然に出てきたシーン」*1だという。
半ばやけくそでアイリーンを選び、セックスしか頭になかった岩男が、次第に心から惚れてしまうのも納得である。
その他、あまりにも差別的で暴力的な岩男の母・ツル、アイリーンに助言してくれるフィリピーナのマリーン、岩男の失恋相手である同僚の吉岡、いずれもステレオタイプには収まり切らない人間として描かれている。

ところが、マジで誠に惜しいことに、ある決定的な事件が起こる中盤以降は非常に残念な展開になって行く。
ようやくアイリーンとの関係を築き始めた岩男は、中盤の最後に取り返しのつかない罪を犯してしまう。それによる恐怖と罪悪感を紛らわせようと手当たり次第に性衝動をぶつけ、アイリーンや吉岡、かつてのお見合い相手にまで次々と性暴力を振るう。
この展開自体は、ちょっと古いと思うけどまだ許せる。問題は、女性たちがわりと積極的にそれを受け入れ、反発していたアイリーンまでも最終的には岩男を完全に受け入れて愛してしまうことだ。
この辺はさすがに、いくらなんでも、原作から変えるべきだったんじゃないだろうか。あまりにも岩男が甘やかされっぱなしな一方で、アイリーンはどんどん重荷を背負い、最後には背負いきれないであろう重荷まで自ら背負おうとする。この後半で一気にドン引きしてしまった。

アイリーンは二十歳にも満たない少女だ。岩男がやったことの責任なんて本人に取らせ、重荷なんて全部かなぐり捨てて、さっさと逃げ出して欲しかった。

運命の相手は自分で選べ! 「ヴェノム」感想(ややネタバレ)

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<あらすじ>
TV局で活躍する熱血記者エディ(トム・ハーディ)は、大企業「ライフ財団」が極秘裏にホームレスを人体実験に使用していると知り、取材を試みる。しかし強引な手法が災いして職も恋人も失ってしまう。
やさぐれた生活を送るエディの元に、「ライフ財団」の研究者が内部告発に訪れる。彼女の手引きで研究室への侵入に成功したものの、研究対象である地球外生命体・シンビオートに接触してしまい、ヴェノムと名乗るシンビオートに寄生されてしまうエディ。
明らかな身体能力の変化、始終聞こえるヴェノムの声に戸惑うエディだったが、次第に"ふたり"の間には信頼関係が生まれていき‥‥。


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予告や宣伝から受けるダークな印象とはかなり違い、特に中盤以降はギャグ満載のコメディと言ってよいくらい明るい映画だった。
ストーリーも設定もかなりゆるく、もっと言えば雑なところもたくさんあり、いわゆる「よくできた映画」でないことは明らか‥‥なんだけど、多くの観客が魅了されているように、とにかくヴェノムとエディの組み合わせがあまりにもキュート。映画としての出来はよくないのに愛しい作品になった「ザ・プレデター」と似た魅力だと思う。
私はそもそも人間以外のイケメンキャラクターにすごく弱いので、個人的にはがっしりハート鷲掴みされる結果になった。そりゃTumblrでヴェノム&エディが一番件数の多いカップルになりますよ、これは。

主人公エディは、暴走しちゃう面もありつつ、弱きを助け強きをくじく正義感を持つ男。彼はサンフランシスコの街に生きる貧しい黒人労働者や、ホームレスの女性、中国系移民の商店主と仲良くしていて、この辺の描写だけでも結構好きだった。
人間同士の恋愛パートは「アントマン」シリーズに近い大人さがあって、エディの元カノであるアンの今カレはすごく優秀で親切だし、アンはエディへの恋愛感情が失せても最低限の人間的な愛情は持ってるし、といって恋愛関係が復活したりはしない。
そして何といっても、寄生生物ヴェノムとの丁丁発止なやり取りがとにかく楽しい。エディは決してひ弱なタイプではないのに、ヴェノムの強引さは比較にならず(なにせ勝手に寄生しちゃうくらいだし)、トム・ハーディが巨大な粘菌みたいな生物に振り回される様はどうしたってほんわかした気持ちにさせられてしまう。いわゆる見せ場のアクションシーン以外がとても魅力的な作品だと思う。

面白いのは、強制的に寄生させようと人間がシンビオートに与えた宿主(ホームレスたち)にはうまく寄生できず殺してしまうのに、シンビオートが脱走して自主的に寄生した場合は非常にスムーズに寄生できる点。
作中で理由は全く説明されないので、原作にある設定なのか、深く考えず作ったら偶然そういう展開になったのかわからないけど、結果として寄生する側の意思によって成否が変わる描き方になっている。
生きた動物を食べないと飢えて宿主の内臓を食べ始めてしまう弱点も、脱走している個体はうまいこと生きたウナギやロブスターや人間を摂取して乗り越え、実験室で人間の食べ物(ヴェノムいわく"死体")しか与えられない個体は宿主を死なせてしまう。この辺も、どこまで意図的か分からないけど生体実験の描き方として印象的だった。
この映画はやはりエディとヴェノムのロマコメで、自分の生き方もパートナーも、しっかり自分で決めなきゃ死んじゃうぞ!というお話かも知れない。

違う星(くに)に産まれたのに結ばれちゃったミラクルロマンスカップルのヴェノムとエディ、次回作は是非ふたりのほんわか日常シーンに1時間くらい割いてもらいたいし、それが無理ならふたりのほんわか日常エピソードの薄い本が1億冊くらい読みたいと思う今日この頃だ。


妊婦にとってこの世はホラー!「クワイエット・プレイス」感想

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<あらすじ>
大きな音に反応して襲ってくる"なにか"によって荒廃した近未来。数少ない生き残りである一家は、物音を絶てないよう工夫を凝らしながら山奥で生き抜いていた。
しかし、妻エヴリンは出産を控えていて…。

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音に反応する敵から身を隠すためにじっと静かにしている、というワンアイディアだけで緊張感を保ったホラー映画。グロテスクなシーンはほとんど存在せず、全年齢対象になっているのもうなずける。
客席全体が息を殺して鑑賞することで、緊張感、声を出せないことのフラストレーション、声を出すことの開放感を存分に味わえる作品なので、間に合う方はぜひ劇場で鑑賞されることをお勧めする。ストーリーや細かい部分はゆるゆるな気もするけど、緊張感を持たせる演出はとにかく抜群に上手い。

ストーリー的に興味深いのは出産の扱いだと思う。妊娠・出産はホラーでそれなりに出てくるモチーフだけど、妊娠中に敵に襲われる、流産してしまう、身ごもった子がモンスターや悪魔、といった「出産の"失敗"」を恐怖の対象にすることが多い。こうしたモチーフは、無事出産できるか分からない不安、体内に別の命がいることの不可思議さといった妊婦の普遍的な恐怖を反映している。
ところがこの作品は、無事に出産してオギャーと産声を上げることが恐怖の対象になっていて、かなり変わった作りだと思う。しかし、これも虚構の恐怖ではない。
戦時下、敵から身を隠すために母親が赤ん坊を殺すよう命じられたという証言は沖縄戦などでも見られるし、現代において様々な事情で公衆トイレやネットカフェで出産せざるをえなかった女性たちも、声を殺して出産したことだろう。そんな、声を殺して出産育児に臨んだ女たちを思って、中盤のクライマックスは号泣しながら見てしまった。


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終盤の展開はいくらなんでも自己犠牲が過ぎてちょっと好きになれなかったが、全体としてはよくできたエンタテイメント作品であり、女性キャラクターも生き生きとしていて良い。
「ワンダー・ストラック」で強い存在感を残した、聴覚障害を持つ役者 ミリセント・シモンズは今回も大活躍。ちょっと万能すぎてリアリティの希薄な役に、きちんと実在感を持たせている。これから更に活躍してほしい役者さんナンバーワンだ。



備忘録「菊とギロチン」「ザ・プレデター」「焼肉ドラゴン」「スカイスクレイパー」感想

前回に引き続き、溜まってるのでどんどん行きましょう。


菊とギロチン

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大変な傑作だったので、この作品についてはまた改めてしっかり感想を書きたい。とはいえ決して見やすい映画ではなく、おかしなところは沢山あって、思想的にも好き嫌いが分かれることは確実。だって、アナキストの映画が万人に好かれる端正なものでどうすんだよ!?
革命運動においても活動家の大半はナチュラルにミソジニストであり、「みんな平等」の"みんな"に女が含まれていないことがきちんと描かれている。だからこそ女たちは、人権ではなく女性の権利を訴える必要があったのだ。
「左翼」を主人公とした大半の映画はその点をオミットするか、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」のように女性差別的な視点のまま作品にしていて罵声の一つも浴びせたくなってしまうので、「左翼映画」というジャンルがあるなら、そのエポックになって欲しいと感じる作品だった。


ザ・プレデター

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前評判の通りめっちゃBLでめっちゃBLだった。なにこれ。
お話は穴だらけだし演出もそこまで上手くないグズグズな映画ではあるんだけど、なんとも抵抗し難いチャーミングさに溢れている。おかげで、こういうジャンルの映画なのに誰も死なないでくれと思うし、見終わるとどこか心がホッコリした気持ちになる。※個人の感想です
SFホラーというより男たちのチーム映画だと思うけど、その割には女性キャラが都合のいい役回りになっていなくて、そこも好感が持てた。面白いとかよく出来てるってより、好感が持てるんだよね、全体的に。子どもの扱いはさすがにどうかと思ったけど。あとウーピー・ゴールドバーグは怒っていい。


焼肉ドラゴン

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1970年代初頭の焼き肉屋を舞台に、かつてあった在日朝鮮人・韓国人コミュニティを描いた作品。今この時代にメジャー作品として映画化できたことをまず評価したい。
ただ、小さな人々の営みを通して社会情勢を見せる作品に必須である実在感が希薄で、あまり乗れなかった。元になった舞台から映画化するにあたって上手く変換できていない部分が多いと感じる。
あの町並み自体が非常にセット臭く感じさせるし、冒頭のナレーションで「いつもうるさくて…」と言ってるわりに静かなので、あまりコミュニティって感じがしないんだよな。モブが圧倒的に足りない。
あと、大泉洋真木よう子の生足にすがりつくシーンで足をはっきり見せなかったりと、ディテールをちゃんと見せない部分が所々あり、これも実在感を削いでいると思った。あそこは井上真央の豪快なキスシーンよりもっとずっと重い意味があるんだから、ちゃんと見せないとダメでしょう。
ただキャストは全体的に良くて、特にキム・サンホは表情ひとつ、セリフひとつで本当にいろんなものを伝える奥行きのある演技をするので心底脱帽した。戦争と侵略の歴史部分を日本人キャストではなく彼一人に委ねたのは作りとしても誠実だと思う。


スカイスクレイパー

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ほんと申し訳ないんだけど、今一つな体調で見に行ったら始まって10分くらいで寝てしまって、起きたらもうビルが大炎上してた。途中20分くらい熟睡してたかな…。ごめんよ。
でも、おかげで説明部分を飛ばしていきなり見せ場に行けたので結構楽しかった。
予想を超えることは特に起こらないんだけど、観客が期待していて見たいものを見せてくれる水準には達している。妻が軍医という設定なのでやたらに強く、家族の絆は筋肉で守る!って感じも微笑ましかった。
終盤の展開がやたらダクトテープ推しで、ロック様が「ダクトテープがあれば何でもできる!」と言ったりするんだけど、映画はダクトテープで何でも解決するというのは映画ファンの世界的な共通認識(ネタ)なのかね。

 

備忘録「プーと大人になった僕」「MEG ザ・モンスター」「ウインド・リバー」感想

いや~ダメですね。もう前回の記事から1カ月以上じゃないか。9月はずっと体調悪かったのもありますが、それにしてもね。 

ひとまず駆け足で雑感だけ。


プーと大人になった僕

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大変優れたファンタジー作品。空想は卒業の対象ではなく共存すべきもの、空想と共存できる人生は豊かである(金銭的にも)という結論は現代的で、ちゃんとプーを今やる意味があるものになっていたと思う。
イマジナリーフレンド喪失の物語だと、普通はイマジナリーフレンド側のプーたちがもうちょっと深刻な感じになるものだけど、とにかくプーなので超マイペース素っ頓狂すぎて全然暗い感じにならないのも良かった。
ぬいぐるみたちのCGはアニメーションで培ったディズニーの技術が大いに発揮されていて、ぬいぐるみたちの質感、動き表現のひとつひとつがとにかく丁寧でかわゆい。それだけで幸せな気持ちになるし飽きずに見ていられる。見終わって、ぬいぐるみちゅわんカワイイイイって感じだった。


MEG ザ・モンスター

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なんで危険な職場に子どもを連れて行くんだとか、あの鮫はいきなり環境の違う海に出て大丈夫なのかとか、ツッコミどころ満載なのはジャンル映画の宿命なので良いとして、わりと見せ場不足じゃないかな。
鮫を1種類しか出さないなら、もっと溜めて溜めて‥‥出るか出るか~!???で引っ張る方が良いと思うし、あれだけ景気良く見せるなら鮫のバリエーション(数だけじゃなくて種類)がもうちょっと欲しかった。
でも、ワンコを大切にするところと、殺した鮫とセルフィ―撮るような奴は死ね!というメッセージには大変好感を持ちました。
あと、すごい余談な上にネタバレだけど、鮫やイルカの鳴き声は群れによって"言語"が違うと言われてるので、たぶんあの作戦は実際には無理。


ウインド・リバー

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真面目な志で作られた誠実な作品で、ジェレミー・レナーの演技も非常に良い。脚本もよく出来ているし、演出も初監督作とは思えない巧みさで、とりあえず見て損はない。なんだけど、どうも私には今一つだった。
エリザベス・オルセン演じる刑事は「ファーゴ」のマージ並みにもっと活躍してほしかったし(それだと「ファーゴ」と似すぎるのかも知れないけど)、先住民差別の問題をメジャーな白人キャスト主演でやることのフォローも不十分だと思う。
MCUファンとしてはジェレミー・レナー×エリザベス・オルセンの組み合わせはどうしても「アベンジャーズ」の師弟関係を思い出してしまうので、こういう深刻な題材にこのキャスティングはどうなのかな。二人の演技そのものは良いんだけどね。


これぞファミリー・ムービー!「アントマン&ワスプ」

風邪が長引いて寝込んでたため、この映画見たのいつだよって感じのレビューですが、めげずにやっていきましょう。(?)

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科学をあれこれした特性スーツで自在に大きさを変えられる「身長1.5センチの最強ヒーロー」第2作。
かつて夫・ピムとともにヒーローとして活躍しながらも、ソ連の核ミサイルを停止させるために"量子の世界"へと姿を消したジャネット。そんなジャネットを生還させようと、夫のピム、娘のホープ、そしてアントマンことスコットが奔走する。
しかしその前には、あらゆる物をすり抜けてしまう"ゴースト"を始め様々な敵が現れて…?!

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DC映画の「ダークでシリアス」な路線と対照的に、明るいエンタテイメントを基調としたことで人気と評価を得てきたマーベル映画(以下MCU)。とはいえシリーズが長期化するに伴ってストーリーが深刻化していくのは避けがたく、ヘビーな展開が多くなりがちな中で原点回帰したともいえるのが本シリーズだ。
全観客が呆然となった「アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー」とほぼ同じ時間軸の話でありながら、作品のタッチは軽妙で、世界観はあくまでも地味で地道。アベンジャーズたちが世界を救うために大暴れしていた最中、スコットはFBIの監視を受けながら自宅で日常を送り、一緒に外出できる日を夢見ながら娘と遊び、娘を喜ばせようとマジックの練習に励んでいた。
こういうミニマムな世界観は戦いが始まってからも変わらない。スコットが絶対教えちゃいけない場所を友達に教えてしまうくだりがあるのだけど、それも前科者である友達の社会復帰を心配してのこと。とかく規模と破壊力がエスカレートしがちなヒーローものというジャンルにあって、フツーの経済活動や家族関係を徹底的に尊重しているのが「アントマン」の良さだと思う。

全体としては、いくらなんでも敵が多すぎ&場所が分かれ過ぎでクライマックスが散漫とか、能力の使い道が巨大化方向に走っていてアントマン特有のアクションシーンが少ないとか、前作ほどアリと手を携えて戦うシーンが無くてガッカリとかの不満点もあるものの、家族で見るファミリー・ムービーとしては及第点かな。

ファミリームービーと言えば、MCU作品の中でもちょっと特異な、「アントマン」世界の家族観について触れておきたい。
MCUヒーローは父との関係にトラウマを抱えているキャラクターが非常に多く、主人公だけでもアイアンマン、ソー、ブラックパンサー、スターロードが挙げられるし、父の決断やヤラカシが物語の契機となっていることも多い。そして、MCU世界全体のラスボスとして出てきたのは、宇宙最強の虐待パパであるサノスだ。
一方で母親はいずれの作品でも影が薄く、出てこないか、出て来てもほとんど描写されないか、死ぬことでドラマに起伏を持たせる要因でしかない。
そんな中、「アントマン」の主人公は自分自身が父親で、ダメな主人公が良き父親になろうとする話で、ヒロイン家族が抱えているトラウマは母(妻)の喪失。この骨格の時点で他のMCU作品とは家族観が大きく異なっている。

アントマン」一作目で、作品そのものとはちょっと違う部分で注目されたのが、ステップファミリーの描き方だった。
従来フィクションの世界では、主人公の元妻なり恋人に"新しい男"ができる場合、そいつは暴力男だったり嫌味だったり陰で子どもをいじめてたり、要はロクデナシと相場が決まっていた。シングルマザーも例外ではなく、とにかく"男と別れるような女"はロクデナシに捕まる愚かな/あるいは弱い女性として描かれることがあまりにも多い。
しかし、「アントマン」に登場した再婚相手の夫は、主人公と対立関係にはあるものの超ナイスガイで、妻や娘との関係も良好。といって娘が実父のスコットを嫌う訳でもなく、娘は2人のパパを2人ともちゃんと好きなのである。
スコットも、娘との関係を修復したいとは願っても元妻に復縁を迫るようなことは一切ないし、元妻もスコットがヒーローであることを知って揺れ動いたりはしない。二人の関係は完全に終わっていて、でも、父であり母であり続けることは可能なのだ。
これは少なくともビックバジェットの娯楽大作の中においては、かなり画期的でオトナな家族像だった。

続編となる本作でもその良さは変わらない。ややネタバレになるかも知れないけど、あれほど「人間」として描かれた母親は、恐らくMCU史上では初だと思う。ワスプのスーツを作ったのがピムではなく彼女自身という設定も非常に良い。
ちなみに今回はヴィランも女性。作品の規模がいろいろなので簡単には比較できないけど、MCUの中では女性比率もかなり高い作品だと思う。
そういう意味でも、お子さんに気兼ねなく見せられるファミリームービーだと言えるだろう。

MCU作品の中で断トツ面白いか?と言われると口ごもる部分はあるけど(笑)、ちっちゃい世界のちっちゃい関係を大切にするこのシリーズが、私はやっぱり愛しくて仕方ない。

雑味ありすぎの珍作「検察側の罪人」ネタバレなし

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【あらすじ】
東京地検のエリート検事・最上(キムタク)は、大学時代に知り合いの少女が殺害された事件を引きすりながら暮らしていた。ある日、担当することになった夫婦殺害事件の被疑者の中に、少女殺害事件の重要参考人だった人物・松倉を発見する。
冷静に対処しようとする最上だったが、既に時効となった少女殺害事件の犯行を楽し気に告白する松倉の姿を見て、どうしても罰するべきと確信していく。同じく夫婦殺害事件を担当する新米検事・沖野(ニノ)は、最上を尊敬しながらも、松倉ありきの捜査方針に疑問を抱き始める。
一方、最上の大学時代からの親友である代議士・丹野は収賄容疑をかけられ、身を隠していた。その裏には、政財界にはびこる極右の存在があった。

と、あらすじだけ読めば骨太の社会派ドラマに感じられる。少なくともキムタク主演と聞いて浮かぶイメージよりは踏み込んだ内容だろう。
ところが、これが映画の面白いところで、実際に見てみるとストーリーが頭に入ってこないほど雑味たっぷりの珍作だった。申し訳ないけど所々笑いをこらえるのに必死だったし、一か所は声を出して笑ってしまった。

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まず一番の雑味は、不必要に突飛なディテールの数々。
何度か出てくる外食シーンが超風変わりな料理ばかりでそっちの方が気になるし、意を決して尋ねた弁護士の事務所が倉庫みたいなガランとしたコンクリート打ちっぱなしだし、そこの一角に家具やSMグッズを置いて仕事してるし、弁護士がアロハシャツだし、弁護士の妻がリーゼントだし、キムタクが帰宅すると妻が二胡を弾いてるし、ある人の葬儀なんてもう何の宗教の何だよ!??? 笑わせようとしてんのか!!!
極めつけは本作唯一のラブシーン。コトを終え、わりと深刻な過去のエピソードを告白する場面なのに、48手のどれのどの段階!??って感じの不思議すぎる体位でずーっと話しているのでとにかく内容が入ってこない。ここだけは我慢できず笑ってしまった。真剣に見てた周りのお客さんごめんなさい。

もう一つは政治批判と戦争批判の要素。
丹野が語る「 政財界には巨大な極右グループがあり、日本を再び戦争へ導こうとしている」みたいな話は非常にタイムリーな社会風刺で、そういう要素を入れること自体は評価できる。ご丁寧にアパを思わせるホテルまで出てくるし。
ただ、これらは全部セリフでしか表現されない上、めっちゃ早口なので半分も聞き取れないし、常に丹野が一方的に話すのでリアリティを感じられない。というか、この人大丈夫かなって感じに思えてくる。
もう一つの戦争批判に至ってはもっと不自然で、なんかキムタクの祖父がインパール作戦に参加した人で? チンピラ松重豊の祖父もそこで一緒になった過去があるだかなんだかで?? とりあえずどういう設定かすらよくわかんないんだよ!
この二つがあまりにも本筋の事件と無関係だしストーリーから浮きまくってるので、気になって調べたら、やっぱね、これ、映画化するにあたって監督が追加した要素だそうです。まあ、でしょうね…。全然絡み合ってないもんね…。

もしかしたら、極右の暗躍もインパール作戦も冤罪捏造も、国家権力の暴走という意味で共通した問題だから繋げて描けると思ったのかも知れない。
いやでもさ、キムタクの冤罪捏造は、国家権力の暴走じゃないじゃん。
彼は検察官の立場を利用して司法に私刑をやらせようとしてるわけで、要するにビジランテ。冤罪捏造というガワは同じでも、検察・警察が組織ぐるみで冤罪を作り上げてしまうのとは全然別の話ですよ。
私刑を目指すキムタクが検察官の立場を利用し、法の原則を守ろうとするニノがそれ故に検察官の立場を脅かされるという逆転構造が面白いんじゃないの?
とにかく似ているようで実は根本的に違うものを無理やり繋ごうとしてるから、ラブホの前で見張り役をしてるヤクザたちが「憲法を改正して軍事力を持つか否か」を雑談で話すという珍シーンが生まれる始末。
いや…うん。この時代に反戦メッセージ、大切だとは思うけど…。珍作度が増す結果にしかなってないよね…。

あとは全体的に演出が大仰で、ニノがだんだん藤原竜也に見えてくると思ったら、最後の最後で藤原竜也お決まりのアレと全く同じことをしててここも笑ってしまった。とにかくカット割ってカメラ動かせば緊迫感が出るでしょ~みたいなカメラワークも感心しなかったし。
ただね、私、曲がった評価なのは分かった上で言うけど、この作品がこういう微笑ましい珍作で良かったなと思ってる。
だってこの作品の事件部分で語られることって、要するに「例え極悪人でも、無実なら無罪にすべきか?」ってことでしょ。そんなもん考えるまでもなく無罪に決まっとるわボケ!
これを、答えの出ない難しい問題ですよ~ってドヤ顔でやられたら、不快になってたと思う。まあ、監督はドヤ顔のつもりかも知れないけど、そう見せることに成功しなくて良かったというか。別に皮肉じゃなくてそう思う。だって私、お陰様でこの珍作映画、わりと好きだもん。